現場の実態を知ることの難しさ

現場の実態を知ることの難しさ

2015年2月25日
 

現場の実態を知ることの難しさ

 

日本電気株式会社 ビジネスイノベーション統括ユニット
サイバーセキュリティ戦略本部 シニアエキスパート
杉浦 昌

 

 こんな話を聞きました。
第二次大戦中のヨーロッパ戦線でのお話です。

 ドイツ本土を攻撃する連合軍の爆撃機部隊は、迎え撃つドイツ軍の猛烈な迎撃を受け、出撃のたびに多大な損害を出していました。そこで司令部は、爆撃機部隊の搭乗員に対して大規模な聞き取り調査を行い、どのような攻撃がもっとも多いかを調査しました。

 調査の結果、大部分の答えが「後ろ上方からの攻撃が最も多い」、ということでした。この結果、重量増加のデメリットはあるものの、爆撃機の後ろ上方にぶ厚い装甲板を追加装備する対策が提案されました。

 さて、この判断は合理的でしょうか。

 この判断が合理的と言えないことは明らかです。聞き取り調査のサンプリングに大きな偏りが起こっている可能性があります。もしかしたら、後ろ上方以外を攻撃された爆撃機は一撃で撃墜され、帰還出来ていないのかもしれません。(図1、図2)
 可能性として言えば、この爆撃機は、実は後ろ上方からの攻撃に対しては最も強靭であるということさえ考えられます。
 
図1 胴体から先の銃座や操縦席を含む機首部分がそっくり失われたB-17爆撃機(USAF資料)
 

図2 1944年6月20日、化学プラントがあるドイツ中央部のブレヒハンマー地区を攻撃する連合軍のB-24爆撃機(USAF資料)

 
 一般に、重量の増加は飛行機にとってもっとも避けなければならないことの一つです。飛行機は軽いアルミ合金の一種であるジュラルミンで作られています。しかし装甲板は、ジュラルミンに比べて三倍近くも比重が大きい鉄で出来ています。このため、装甲板を追加するような対策を安易に行うと、機体が重くなって速度や運動性能が悪くなります。速度や運動性能が悪くなると、戦闘機や高射砲に狙われて撃墜される可能性が高くなり、結果としてさらに犠牲が増える恐れもあります。
 史実によると、結局、司令部はこの対策案を採用しなかったようです。
 
 このような話を現代の私たちが聞けば、それは当然だろうな、と思います。しかし、もしも我々がその場にいたら、「その対策は合理的でないから採用しません」という判断が出来たでしょうか。さらに、そう判断したとしても、対策の不採用を自信を持って決定出来たでしょうか。

 現場の人たちにヒアリングを行って実態や課題、要望を聴くことが重要なのは言うまでもありません。しかし、この事例にみられるように、注意深く計画し実行しないと調査の結果が実態とは異なったものになってしまう危険性を、私たちは常に考えておかなければならないと思います。そしてそれは、セキュリティ対策においても同じなのではないかと思います。
 
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